時間はどのようにして生まれるのか

最后修订时间:2026年10月18日

简体中文 | 繁體中文 | English | 日本語 | 한국어

Chujia Kuang(邝楚嘉)

独立研究者、中国広東省掲陽

連絡先(Corresponding author):Chujia Kuang、独立研究者、中国広東省掲陽。Correspondence: kuangchujia.com/contact

馬王堆漢墓帛書
図 1 馬王堆帛書。長沙馬王堆三号漢墓出土の帛書。同類資料としての示意であり、《五星占》《天文気象雑占》の原件ではない。
出典:Wikimedia Commons「Mawangdui Silk Texts 1.JPG」(Public domain)
著作権は原著者または原機関に帰する。削除が必要な場合は本サイトまで連絡されたい。

要旨

一日には24時間があると言われ、時計もその数字どおりに動いている。その数字は正確ではない。地球が一回転するのを恒星に対して測れば23時間56分4秒であり、足りない4分は地球が軌道を進む運動に食われている。だから太陽が再び頭の上に戻るのは、地球がもう少し余分に回ってからである。二つの言い方はどちらも正しく、ただ数えているものが違う。本稿は、時間がどこから来るのかを問い、それは決して生み出されたことはないと答える。時間とは、人がいくつかの周期運動に対して記した読みである。秒がセシウム133原子の振動で定義されるのは、終わりなく繰り返す運動だけが物差しになりうるからだ。漢代の文献はすでにそう述べている。『尸子』『荘子』『墨子』は、静止を運動と同じほど固く時間に結びつけた。続いて三本の物差し——日・月・年——がそれぞれの運動に当てられる。三つとも整数にならない読みを与え、暦法の難しさはすべてこの端数から生じる。同じ運動も、太陽・月・恒星のいずれに対して測るかによって異なる数字を出す。一つの回帰年は365.2422太陽日だが、恒星日で数えれば366.2422日になる。その端数は、1461日の周期と、星が毎晩4分ずつずれることに見られるように、地上で数えられた。最後に、地球の自転は潮汐摩擦によって遅くなっており、そのため協定世界時の歩調を合わせておくのに閏秒が要る。本稿は記述にとどまり、予測の主張を含まない。

キーワード: 時間;周期運動;恒星日;太陽日;回帰年;歳差;閏秒

「一日は24時間。」

誰もがそう言い、時計もそう動いている。

だが、それは正確ではない。

地球が一回転する(この瞬間から、もとの向きに転じ戻るまで)にかかる時間は23時間56分4秒。24時間より4分近く短い。

少ない4分は消えたのではない。もう一つの運動に食われたのだ。地球は自転しながら、同時に前へ進んでいる。一回転し終えたときには太陽はもとの位置におらず、太陽が再び頭の上に戻るには、もう少し余計に回らねばならない。

二十八宿図
図 2 二十八宿図。二十八宿を並べて図にしたもの。同類図としての示意であり、本文で論じる原件ではない。
出典:Wikimedia Commons,Twenty-eight mansions.jpg(Public domain)
著作権は原著者または原機関に帰属する。削除が必要な場合は本サイトまで連絡されたい。

一日ごとに少し余計に回る、その分が4分である。

だから「一日は24時間」と「地球が一回転するのは23時間56分」は、どちらも正しい。ただ、数えているのが同じものではないだけだ。

もう一歩下へ。時間は一体どこから来るのか。

1. 尺になれるのは、周期運動だけ

私たちは時間を一種のもののように考えがちだ。川の水のように自ら流れ、時計はただその流れた分を量っているだけだと。

だが、現代の定義ではそうではない。最も硬い例が「秒」である。

1967年、第十三回国際度量衡総会は「秒」を定義し直した。

一秒は、セシウム133原子の基底状態の二つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の9 192 631 770周期の継続時間である。

この定義は今も使われている。2018年に国際単位系が大きく改訂されたときも、「秒」はこの振動数の上に置かれたままで、書き方だけが変わった。

ここに一つ、考えてみる価値のある細部がある。なぜよりによって原子の振動を選んで、「一秒」の長さを定義するのか。

尺になれるのは、繰り返し繰り返し反復する運動だけだからである。

月が地球を一周し、地球が太陽を一周し、地球が自ら一回転し、原子の中の電子が二つの準位の間を行き来する。それらはいずれも周期であり、しばらくするとまた始まる。いつか繰り返さなくなったとき、それはもう尺にはなれない。

だから「時間」は発見された何かではない。人がいくつかの周期運動に対して記した読みである。

では、どの運動か。

2. 二千年前、中国人はすでにこう言っていた

まず「宇」と「宙」から。

先秦の人々は空間と時間を合わせて「宇宙」と呼んだ。この語は今も使われているが、本来の意味は今よりずっと実質的だった。

「天地四方曰宇,往古来今曰宙。」——《尸子》

「宇」は天地四方、それが空間であり、「宙」は往古来今、それが時間である。

『淮南子·斉俗訓』はほぼ同じことを言う。「往古来今谓之宙,四方上下谓之宇。」

『荘子·庚桑楚』は別の角度から語る。

「有实而无乎处者,宇也;有长而无本剽者,宙也。」

空間は実在しているのに、固定した所在を見いだせない。時間は増え続けているのに、頭も見つからなければ尾も見つからない。

(ひとこと断っておく。『尸子』の原書はとうに散逸し、今の本は後人の輯録による輯本である。この一句は『世説新語·排調』の注に引かれるので、引くときにはその旨をはっきりさせねばならない。)

もう一歩踏み込んだのが墨家である。

『墨子·経上』に二句があり、並べて読むと興味深い。

「久,弥异时也。」「宇,弥异所也。」
「动,或徙也。」「止,以久也。」

最初の一句は言う。「久」、すなわち時間は、さまざまに異なる時刻をことごとく一筋に連ねるもの。「宇」は、さまざまに異なる場所をことごとく連ねるものである。

二番目の一句がより肝心である。「或」は古い「域」の字であり、だから「动,或徙也」の意味は、運動とは位置の区域の移り変わりだ、ということになる。そして「止,以久也」の意味は、静止もまた時間(「久」)で量らねばならない、ということである。

二千年前の人々はすでに見抜いていた。時間を離れては、「静止」すら言えない。運動と静止は、両端とも時間に掛かっている。

これは今日の物理学の方向と同じであり、ただ古人は五文字で言い切っただけだ。

もう一箇所、正面からの証拠を見よう。『尚書·尭典』は尭の命令を記す。

「钦若昊天,历象日月星辰,敬授民时。」

「历象」は観測と推算、「敬授民时」は算り出した時節を民に頒つことである。時節は空から降ってくるものではなく、日月星辰の運動から読み出し、それを伝えていくものである。この一句は、おおよそその後のあらゆる暦法の総綱である。

3. 三本の尺、いずれも運動

最も古い時間の単位は、どれ一つ人が「作った」ものではなく、すべて「数えた」ものである。

単位 どの運動を数えるか 読み
一日 地球の自転一周(太陽に対して数える) 1 平太陽日 = 24 時間
一月 月の満ち欠け一周(月相に対して数える) 1 朔望月さくぼうげつ ≈ 29.53 日
一年 地球の太陽周回一周(春分点に対して数える) 1 回帰年 ≈ 365.2422 日

三つの運動、三つの単位。先に運動があり、それから単位が来る。先に単位があり、それを運動に当てはめるのではない。

だが三本の尺には共通の欠陥がある。数え出しても、どれも整数にならない。

一年は365日ちょうどではない。一月は29日半ちょうどではない。一日も24時間ちょうどではない。

暦法が生まれた最初の日から相手にしてきたのは、この端数である。前の幾編で扱った立春・節気・正月も、根はここにある。

4. 同じ運動でも、参照が違えば数も違う

この段が全篇で最も肝心なところである。

運動を数えるには、まず「動かない」ものを参照として見つけねばならない。だが参照が違えば、数え出される数も違ってくる。同じ運動が、いくつもの時間として報じられる。

単位 太陽・月相に対して数える 恒星に対して数える 差
一日 平太陽日 = 24 時間 平恒星日 = 23 時間 56 分 4 秒 約 3 分 56 秒
一月 朔望月 = 29.53059 日 恒星月 = 27.32166 日 約 2.21 日
一年 回帰年 = 365.24220 日 恒星年 = 365.25636 日 約 20 分 24 秒

(差の末尾の桁は、出典ごとに少しずつ出入りがある。太陽日と恒星日の差一つをとっても、3分56秒と書くものもあれば3分57秒と書くものもある。)

同じ一回転、二本の物差し:恒星に対して数えれば360°で一周し、太陽に対して数えればさらに約1°回らねばならず、一年でちょうど一回転分多くなる

太陽に対して数えると、なぜ一日のほうが長くなるのか。理屈は一言である。

地球は自転しながら、同時に前へ進んでいる。

一回転し終えてもとの方位に戻るころには、太陽はすでに軌道上を約1度先へ動いている。地球はその分だけ余計に回らねばならず、そうして初めて太陽が真上に戻る。

だから太陽日 = 自転一周 + 約1度余計に回るわずかな時間。

これをまる一年に押し広げると、直観に反する数が現れる。

一つの回帰年には、太陽日が365.2422あり、恒星日は366.2422ある。

つまり、この一年で地球は実に366回転あまり自転した。だが私たちが過ごしたのは365日あまりにすぎない。

余分な一回転は計算違いではない。「何を参照とするか」に食われたものだ。一日が3分56秒を食い、365日積み重なれば、ちょうど一回転分になる。

この層は、前に述べた「なぜ三本の暦法があるのか」も片づける。三本の暦法はいずれも計算を誤ってはいない。ただ各々が取った基準が違うだけである。太陽を基準に取れば「年」のリズムが得られ、恒星を基準に取れば「日」のリズムが得られ、月相を基準に取れば「月」のリズムが得られる。

5. それらの端数は、地上で数えられた

端数は古人が一日一日数え出したものである。

年を例に取る。古人は長期の観測から、日影がもとの場所に戻り、前回と重なるとき、その間は1461日、ちょうど四年であることを見いだした。四で割れば、一年は365.25日である。

では余分な1日はどうするのか。1461 = 365×4 + 1、この余分な一日が閏日である。

閏日がなぜ四年に一度なのか、答えはここにある。公式の中ではない。

次に、あの3分56秒。毎日わずかずつ違うそれが、365日積み重なればちょうど一日分になり、これがあの余分な366回目の回転である。この勘定は釣り合っている。

もう一つ、顔を上げれば見えることがある。同じ星が、毎晩昇る時刻が前日より約4分早い。

一日の4分は目立たない。だが一月で二時間、一年にすれば星空全体が一巡してしまう。四季の星象が変わるのは、その根がこの3分56秒にある。

6. 運動が変われば、時間も変わる

もし時間が本当に運動の読みであるなら、さらに下の一層がある。運動そのものが変わっており、時間もそれに従って変わってしかるべきだ。

このことは、天文学上すでに測り出されている。

地球の自転は、ゆっくりと遅くなっている。主因は潮汐摩擦である。月の引力が海水を引き上げ、太陽にもその役割がある、ただし小さい。潮が海底をこすっていくとき摩擦を伴い、それは地球の自転にブレーキを踏むのに等しい。

どれだけ遅いか。およそ百年ごとに、一日は2ミリ秒近く長くなる。(値は出典によりやや出入りがあり、おおよそ1.7から2ミリ秒の間である。これは桁の話であって、小数点まで確定した値ではない。)

2ミリ秒は、今日の人には聞き取れない。だが地質時間の中に置けば驚くべきものになる。ある研究によれば、恐竜の時代の一日は約23.5時間しかなかった。

そこで「閏秒」が生まれた。

原子時計の秒の長さは一定で、地球の自転はそうではない。二つはそれぞれに進み、長く経てば離れていく。1972年から国際的に申し合わせがなされた。差が大きくなったら、協定世界時に一秒を補い、差を0.9秒以内に抑える、というものである。

1972年から現在まで、通算27回補われ、そのいずれもが一秒の追加であり、一度も減じられたことはない。すべて「加える」であることが、まさに地球が遅くなっていることを示している。

2022年、第27回国際度量衡総会は決議を採択した。遅くとも2035年までに、閏秒は導入されなくなる。

さらに遅い層がもう一つある。運動の向きそのものが偏っているのである。

地球の自転軸は空間の中に円錐面を描き、春分点は年々西へ退く。同じ星が、二千年前に指していた方位を、今日はもう指せない。このことを歳差という。あまりに遅く、前の幾編はずっと触れてこなかった。さらに先に専門の一篇で扱う。

結び

話を冒頭の問いに戻そう。時間はどのようにして生まれるのか。

それは生み出されたことはない。人がいくつかの運動に対して記した読みである。

地球が自ら一回転すれば一日、月が満ち欠け一周すれば一か月、地球が太陽の周りを一周すれば一年。

先に運動があり、後に目盛りが来る。運動はもとからあった。目盛りは人が加えたものである。

古人はこれらの読みを記し、そろえ、区間に切り分け、そうして初めて暦法ができた。そして今日、私たちの時計の上にある整然とした24時間は、実はならされた尺である。真の太陽は不均等に進み、「平太陽」がそれを代わりにならしているのだ。前に時計時間と真太陽時を語った一篇で言う「一方は不均、一方は均」とは、まさにこのことである。ここでの恒星日と太陽日は、同じ一族の中のもう一組の差である。

さらに先に語るのは、空のあの幾本かの道である。太陽が辿る道、月が辿る道、時間を量るのに用いるあの道。

邝楚嘉の註

この題を書いたのは、まず「時間」という二文字を地に下ろしたかったからである。それは積み上げることのできるものではなく、人がいくつかの周期運動に対して記した読みである。この一層が分かれば、振り返って前の幾編に来歴が与えられる。立春がなぜ一つの時刻にすぎないのか、正月がなぜ何度も変わったのか、節気がなぜ年ごとに幾時間ずれるのか、あの端数はすべてここから生えている。

テキストについて

本稿は通俗的な解説であり、独自の研究を主張するものではない。引用した天文の定数は標準的な値である。この日本語版は、中国語原文と同じ記事の別言語版として併せて公開するものである。著者の名は邝楚嘉、Chujia Kuang。筆名を嘉言一得(Jiayan Yide)という。

声明

資金提供。 本研究は外部からの資金提供を受けていない。

利益相反。 著者に申告すべき利益相反はない。

データの利用可能性。 本研究で新たに作成または分析したデータはない。

言語。 中国語原文は、本記録の付属ファイルとして登録されている(时间是怎么产生的?)。

引用と出典

[1] 尸子 [Shishi]. 戦国(散佚、輯本).

[2] 荘子 [Sōshi]. 戦国.

[3] 墨子 [Bokushi]. 戦国.

[4] 尚書 [Shōsho]. 先秦.

[5] 淮南子 [Enanshi]. 前漢.

[6] 世説新語 [Sezetsu Shingo]. 南朝宋.

本文の図版は補足説明のためのものであり、証拠でも事実の根拠でもない。

本文は クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際ライセンス(CC BY 4.0) で提供される。
原著者を「嘉言一得(Chujia Kuang 邝楚嘉)」と明記し、原公開へのリンクを添えれば、転載・再配布・翻案(商用を含む)は自由である。
本稿に引用した出土器物の写真、および伝世文献の著作権は、それぞれの権利者に帰属し、本ライセンスの対象外である。
ライセンスの全文はこちら:https://creativecommons.org

関連記事

英語版:Three Calendars, Three Kinds of Time | Ten Stems, Twelve Branches: Why Only Sixty Pairings Remain | Lichun Is Not a Day: The Solar Term Is an Instant | The Gnomon and the Sun at Its Utmost | The Twenty-Eight Mansions on the Lacquer Box from the Tomb of Marquis Yi of Zeng

サイトハブ:暦法術語表 | 暦法記録:一年はどの日から数えるか | データセットとプレプリント

本稿のデータはすべて、邝楚嘉が収集・整理した。


作者:嘉言一得(邝楚嘉)|独立研究者,致力于可核验的原始文献与历法数据归档。
Author: Chujia Kuang (邝楚嘉), pen name Jiayan Yide (嘉言一得) — independent researcher devoted to archiving verifiable primary sources and calendar data.
平实记录 · 数据集 · 预印本:GitHub / WordPress / Zenodo(DOI: 10.5281/zenodo.22788686 / 10.5281/zenodo.23028692)
Records · Datasets · Preprints: GitHub / WordPress / Zenodo
学术身份 · Academic identity:ORCID 0009-0002-7650-833X | OpenAlex A5151908354

留下评论