最終改訂日:2026年10月18日
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案内:本ページは「暦法記録」という筋の日本語版である。項目はEnglish 面と一対一に対応し、順序も同じ。以下に原文を写す。
暦法記録という筋が問うのは同じ一事である——一年はどの日から数えるのか。その答えは中国の歴史のなかで一度ならず改められた。以下は「問題 → 証拠 → 現状」の順に並べ、発表の時系列では並べない。
一 · 問題の出発点:歳首は生まれつきではない
今日「正月初一が一年の最初の日」と言えば、当然のことのように聞こえる。だがそれは何度も改定されてきた規則であって、自然な起点ではない。そう見えるためには、まず古人が何で月の位置を定めたかを知る必要がある。
古人は北斗の柄の指す向きで十二の月の位置を定めた。これを斗建(またの名を月建)という。柄が寅を指せば、その月を「建寅の月」、柄が子を指せば「建子の月」という。どの月を一年の首に定めるかを「建正」という。
二 · 証拠:三正と太初暦
三代が用いた歳首は同じでなく、合わせて「三正」という。夏は建寅の月(およそ今の旧暦正月)を歳首とし、商は建丑の月(十二月)を、周は建子の月(十一月)を歳首とした。秦と漢の初めは建亥の月(十月)に改めた。
漢の武帝の太初元年(紀元前 104 年)に『太初暦』が頒行され、夏正に戻して再び正月を歳首とし、以後の歴代がこれに従った。今日通行する旧暦は、この線の続きである。
出典:三正と太初暦についての上述の記述は、新華網《农历一月为何叫”正月”》(2019-02-05)、《中国青年报》(2022-01-18)、上海市民政局《为何称农历一月为”正月”》の三か所が一致する説に拠って書いた。三つの出所が互いに裏づけ合ってから筆をとっている。
三 · 当サイトの関連文章(読む順に)
- 三本历法·三种时间 —— 三つの暦法が並び立つ局面に、なぜ「三本の暦法」があるのか。
- 正月本来不是一月 —— 正月はなぜ本来は一月でなかったのか、歳首はどう動かされたか。
- 立春换岁,还是正月初一换岁? —— 歳を改める日は、立春と数えるのか、正月初一と数えるのか。
- 立春不是一整天,只有一秒钟 —— 立春は丸一日ではなく、一つの精密な時刻である。節気をどう秒まで定めるか。
- 节与气:二十四节气的两半 —— 二十四節気はなぜ「節」と「気」の二つに分かれるのか。
四 · この線を単独で見る値打ち
五本をこの筋に沿って読むと、一つのことが見えてくる。「一年はどの日から始まるか」は制度の問題であって、天文の問題ではない。天上の運行の部分(節気、朔望)は秒まで算せる。どの日を「年初」とするかは、人がある年に下した決定である。両者を分けて見れば、多くの論争は争う必要がなくなる。
本ページの全データは、邝楚嘉が蒐集・整理した。